牧会便り

先日、北海道の久世そらち牧師より、お手紙と資料をいただきました。久世牧師は長く、わたしやHさんにとっての母教会である札幌北部教会を牧会されていましたが、いまは同じ北海教区にある美唄教会・美唄めぐみ幼稚園の牧師園長をされています。熊本にある荒尾めぐみ幼稚園と、北海道にある美唄めぐみ幼稚園で、オンラインで繋がって何か出来ないかと二人で話し合っているところです。

わたし達が通った札幌北部教会の週報には、毎週牧会便りが掲載されていました。初代の榎本栄次牧師から始まった習慣だと伺っています。わたしもその慣習に習って、荒尾教会に来てから週報に牧会便り「有明海のほとり便り」を掲載することとしました。説教だけでは、普段の牧師の思い・祈り・人柄(駄目さや弱さも?)などを分かち合うことが難しいからです。毎週説教以外にもお便りを書くため、時間的には厳しいのですが、不思議と話題が尽きることはありません。これからも忍耐して付き合っていただければと願っています。

嬉しかったのは、先日久世牧師から送っていただいた美唄教会の週報にも「そらち通信」が掲載されていたことです。(北海道の美唄市を含む空知地方で産まれたため、「そらち」と名付けられたと聞きました;)。礼拝のこと、地区・教区・教団のこと、キリスト教保育のこと、社会・地域のこと、話題は多岐にわたっていました。

小さな発信です。けれどもこの言葉が、どこかで思いもかけない不思議な繋がりへとなっていくことを願っています。(有明海のほとり便り no.417)

霊泉新園舎献堂式メッセージより

スペイン・バルセロナの世界遺産「サグラダ・ファミリア」をご存知でしょうか。大きな大きな教会です。建築開始から140年以上経っていますが、いまだに建築が続いています。当時この教会を設計した、建築家アントニ・ガウディは、その晩年を「サグラダ・ファミリア」のためだけに捧げました。私財も捧げたガウディの、晩年の服装はみすぼらしいものであったと記録されています。

あまりに壮大な教会建築に、資金繰りにも困難を覚え、継続も危ぶまれる中で、ガウディは周りの人々から一体いつ完成するのかと問われます。その時に、ガウディはこう答えました。

サグラダ・ファミリアの工事はゆっくり進む。なぜなら神さまは急がれないから。

そうです。神さまは完成を急がれません。霊泉こども園の新園舎が出来たから、霊泉こども園が完成したわけではありません。 「キリストにおいて、共に建てられ、神の住まいとなる」(エフェ2:22)ように、山鹿の地に生きる子どもたちのとまり木となるように、これからも、わたし達は霊泉こども園の働きを、急がず、焦らず、けれども一歩ずつ歩んでいくことを、神さまは望んでおられるのです。神さまが与えて下さったこの新園舎と共に、心をこめて、子どもたちを愛し、子どもたちに仕えていきましょう。(有明海のほとり便り no.416)

霊泉献堂式を前に

いよいよ土曜日には霊泉こども園の新園舎献堂式が執り行われます。原野先生はじめ霊泉の先生たちが心を込めて準備して下さっています。今回参加できない方も、来月7月27日には山鹿教会での合同礼拝を予定していますので、ぜひご一緒しましょう。ちょうど6年前のペンテコステ礼拝での「有明海のほとり便り」に、こんなことを綴っていました。

山鹿教会の代務を担うこととなり、正直戸惑っています。荒尾教会に赴任してからの2年間、よもやこのような形で山鹿教会に関わることになるとは、まったく思いもしませんでした。山鹿教会の現状は、決して明るいものではありません。…けれども確かなことは、山鹿教会の歴史の中で日曜の主日礼拝は、必ず続けてきたということです。福音のともしびを消すことなく、ともし続けてきたということです。それを安易に消すようなことはしてはならないと感じています。いやむしろ、代務者として精一杯、山鹿の地における福音の分かち合いに努めたいと願っています。
…今は始まったばかりで何も見えていません。しかし、3年後・5年後・10年後に振り返ったときに、きっと神さまの思い・意図・計画が見えてくるのではないでしょうか。どうぞお祈り下さい。

あれから、6年。いま振り返ると見えてくること。この荒尾教会と山鹿教会とが、そして荒尾めぐみ幼稚園と霊泉こども園とが、共に手を携えて歩んでいくようにと、神さまが望まれたということです。その一つの業として、新園舎建築という幻が与えられたのです。

神さまはわたし達にさらに風(プネウマ=聖霊)を吹き続けていくに違いありません。その風に励まされ歩んでいきましょう。(有明海のほとり便り no.415)

正門工事

長年の懸案だった正門工事が無事終了しました。とても味わいのある正門でしたが、作って数十年(?)となる門は、老朽化が進んでいました。ここ5年間は、度々車輪が回らなくなっていました。その都度、教会員の舛田さんにお願いして直していただきました。また、鉄製門でしたが、特に下の部分は錆によってボロボロで、車輪を受ける箇所が使えなくなり、車輪自体をズラして付けなければならない状態でした。さらに、昔ながらのガラガラと引いて開ける門だったため、子どもたちの挟み込み事故が心配でした。役員会・理事会を中心に話し合って来ましたが、予算の心配もあり踏み出せずにいました。けれども、霊泉こども園に出来た新たな正門が、荒尾めぐみ幼稚園のイメージとも重なるもので、早速象設計集団にデザインをお願いしたのです。木をふんだんに使ったもので、温かみある門となりました。予算的にも三和建設さんにかなりご協力いただきました。

十字架の位置に悩みましたが、あえて左側に寄せて、教会との繋がりを意識しました。開き戸にしたため、門を引くスペースがいらなくなり、その分園庭が少しですが広くなり、安全性もかなり向上しました。霊泉のようにインターホンや電子錠も検討しましたが、予算的な問題と共に、教会・牧師館・園舎が同じ敷地にある中で、鍵はせずに代わりに閂と子どもが届かない場所にある簡易なロックにしました。

門につける看板は、いままでの看板を磨いていただきました。この門を通る一人ひとりに祝福がありますように。(有明海のほとり便り no.414)