コロナ禍とオリンピックと

コロナ禍にあって、もともとこの日本社会が持っていた「女性の生きづらさ」がさらに深まり、女性の自死が大幅に増え続けています。

『家事労働ハラスメント』(岩波書店)を書かれた竹信美恵子さんは、コロナ禍が「非正規女性の一人負け」状況を生み出していることを指摘しています(『福音と世界』6月号)。

…「ケアする性」とされる女性はこれまでこうした「対面方式で人を癒す」職場に重点的に配置され、しかもその多くは契約を打ち切りやすい短期雇用の非正規だ。…女性たちは、「夫セーフティネット」を理由に公的セーフティネットの外側に置かれてきたが、それも機能しなくなった中でいま、「単発・細切れ雇用セーフティネット」で命をつなぐ。それさえもがコロナ禍で壊れた、という構造が見えてくる。…女性たちは、家事育児を軽視した働き方設計は変えられないまま「活躍しろ」と命じられ、家事育児を後回しにすると「わきまえない」と非難される。

都市部を中心に深刻化していっているこの歪が、この荒尾にも影響を及ぼし始めています。特に私を含む男性たちが、その事実に気付き回心していかねばなりません。

また、「セーフティネット」がどんどん機能しなくなってきている中で、荒尾教会は「魂のセーフティネット」として隣人に仕え、荒尾めぐみ幼稚園は幼保連携型認定こども園として、「子どもたちのセーフティネット」として各家庭を支えていきたいと祈り願っています。

コロナ禍の中で仕事や住まいを失った女性たち、困窮している家族、自死に至る方たちがこれだけ増えているにも関わらず、莫大な財源を東京オリンピックに使ってしまうことに大きな違和感を覚え、開催中止を求める署名に私も賛同しました。42万人を超える人たちが賛同しています。(有明海のほとり便り no.214)

神学書と牧師館

神学校時代にとてもお世話になったY牧師より、大量の本が届きました。全部で8箱(!)にもなりました。(普段だったらHさんから冷たい目線が届くのですが、「Y先生なら」と無事危機を逃れることが出来ました!)。Y先生いわく、それでもまだまだ本が残っていて「本箱を見ると隙間ができたのはわずかだけ」とのこと。「牧師あるある」で笑ってしまいました。

Y先生は東京・番町教会の新会堂建築を無事終わらせ退任されると、すぐにある教会の代務へ。昨年春に後任を招聘することが出来、ようやく隠退生活に入られています。もう使うことはないからと、送って下さったのです。

牧師の場合、現役時代に本は増え続けて牧師館のスペースを圧迫していきます。しかも大概は神学書なので、安いものでもありません。概算したら相当な金額になるのではないでしょうか。

けれども、現場に出ると、中々集中して読書する時間が取れないのも事実です。いま振り返れば一番集中して神学書を読めていたのは、神学校時代でした。にも関わらず、多くの神学生はアルバイトをしながらギリギリの生活を送っているので、神学書を買うお金がありません…

時々、神学校に隠退牧師から大量の神学書が届くと、みんなで「争奪戦」を繰り広げます。じゃんけんで順番を決めて、一冊ずつもらっていくのです。人気(?)作品になると、それを誰かが手にした瞬間「あぁ~!」と残念がり、「これと交換しよう」と交渉が始まりした。こちらも強い思いがあって手にした一冊は、不思議と今でもよく覚えているものです。

今回、神学校時代に逃し続けていた一冊『キリスト教平和学事典』が入っており、一人大興奮。もちろん来年正教師試験を控えている原野先生にも、沢山おすそ分けしましたよ(^_-) (有明海のほとり便り no.212)

KAPATIRAN -カパティラン-

毎年のクリスマス献金や幼稚園でコツコツと貯めた献金は、少しずつ宛先を変えつつ様々な所に送っています。特に幼稚園からの献金は、子どもの<いのち>に関わるところへ送ることを心がけています。

この3月には、荒尾・大牟田での水害支援をしている「九州キリスト災害支援センター」、放射能汚染から子どものいのちを守る働きをしている「会津放射能情報センター」および「放射能問題支援対策室いずみ」、アイヌ民族の子どもたちのための「アイヌ奨学金キリスト教協力会」、「新居浜子ども食堂」を続けられている新居浜教会へ献金を送ることが出来ました。小額ですが、献金を送ることで祈りが繋がっていければと願っています。

特にキリスト教会の働きとして、小さくとも決して諦めずに、子どもたちの<いのち>のために働く団体が多いことに気付かされています。その一つに日本聖公会東京教区による「カパティラン」があります。私の友人が理事長として頑張っておられ、自身も仕事で忙しいにも関わらず、折に触れてFacebookでカパティランのことを分かち合ってくれています。

ホームページにある歩みを見ると、1988年に教会へ来てくれたフィリピン人女性への英語ミサを提供することから始まったそうです。いまの大きな働きは外国にルーツに持つ若者たちの支援です。両親が働きのために日本に移住し、一緒に来た子どもたちの中には、経済的な貧困や日本語習得の機会が十分になかったために、学びたい意欲や学力はあるにも関わらず、進学や修学を諦めなければならないケースが多くあります。そういった子どもたちを給付制の奨学金で支えたり、「ごはん会」や「サマーキャンプ」で居場所づくりを行っています。まさにキリストに繋がる働きではないでしょうか。今年はカパティランにも献金を送りたいと願っています。(有明海のほとり便り no.211)

キリスト者の「自由」が持つ二側面

引き続き『ルターの心を生きる』(江藤直純著)を読み進めています。

宗教改革者マルチン・ルターの最も有名な著作は『キリスト者の自由』(1520年)でしょう。世界史の授業の中で、その名前を聞いたことがあるのではないでしょうか。ルターはその冒頭で2つの命題を示しました。

「キリスト者はすべてのものの上に立つ自由な主人であって、だれにも服しない」
「キリスト者はすべてのものの仕える僕(しもべ)であって、だれにも服する」

「自由な主人」であると「同時」に「すべてのものに仕える僕」であると言うのです。矛盾しているように聞こえますが、ルターの中ではまったく矛盾していませんでした。ポイントは「自由」理解にあるようです。

自由は社会的な拘束からの自由にとどまらないのです。パウロやルターが強調したのは、「罪からの自由」であり、善い行いという律法の軛からの自由なのです。身体的束縛や抑圧からの外的自由に加えて、内的、霊的な自由が強調されています。(p.146)

キリスト者には、この一方的な恵み(十字架の福音による「赦し」と「解放」)が与えられているからこそ、「自由な主人」なのです。けれども、ルターが示す「自由」はそこに留まりません。

「福音」とは「…からの自由」だというのは、事柄の半分だということです。自由にはもう一つの側面があるのです。それが「…への自由」なのです。…自由になったのだから、一切の義務から解放されたのに、あえて愛すること、つまり、そうやって他者に関わること、その相手のためにわざわざ苦労を引き受けること、すなわち仕えること(p.146-147)

ますます「自由」が束縛されている日本社会で、「…からの自由」と「…への自由」を、キリスト者として胸に刻みたいと願っています。(有明海のほとり便り no.210)

教区互助献金の働きについて

九州教区総会の議案説明会がオンラインであり、牧師館のパソコンで参加しました。教区としても初めての試みであり、準備が大変だったはずです。にも関わらずスムーズな進行で3時間を予定していたところを、2時間半で終了することが出来ました。

普段、私たちが教会生活をしていると、中々教区の働きを感じることはないかもしれません。けれども、教区は私たち教会が、教会だけでは力も資源もない中で普段できないことを、してくれています。教区宣教基本方策にある図に、その多様性および重要性が記されています。

この中で、互助献金の働きを担っているのが「教会協力委員会」です。教区内で教師の謝儀保障援助金を必要とする教会・伝道所は9つあります。

けれども完全に生活を保障するものではなく、あくまで援助金であり、それぞれが副業をしたりしながら、教会の働きを担っておられます。梅崎浩二教師が委員長として次のように書かれています。

己の衣食のみに腐心して何のキリスト者か、自教会のみ、或いは己が好む集団をのみ思うて何のキリスト教会か、信徒も教師も主の御働きの広がりを覚えてますます、喜んで献げる者でありたいと願う。」

先日、荒尾教会から2020年度の互助献金が振り込まれていないことを、委員会の方から教えていただきました。すぐに会計役員より貯めていたものを振り込みました。今年度は反省を活かして年2回に分けて振り込んでいきたいと思います。(有明海のほとり便り no.209)

『ルターの心を生きる』江藤直純著

キリスト教保育連盟熊本地区には日本福音ルーテル教会の園がとても多く最初は驚きました。YMCAの園も多いのですが、そこの園長が出席されている教会もルーテル教会が多いように感じます。日本キリスト教団の園は少数派なので、他教派との出会いが豊かに与えられとても感謝しています。

そのような中で、いつかマルチン・ルターについて腰を据えて学び直したいと願っていました。(中々出来なかったのですが…(^_^;)。すると先週の地区総会の会場で、ハレルヤ書店が書籍の販売をして下さっており、何気なく眺めていたら、『ルターの心を生きる』という本を見つけました。しかも著者は江藤直純教師で、長く日本ルーテル神学大学で教えられた方であり、農村伝道神学校に通っていた時に、特別講義に来て下さっていたのです。早速購入し、少しずつ読み始めています。

ルターの神学で核となる「自由」「恵み・聖書・信仰のみ」などをとても分かりやすくまとめており、目から鱗の連発です。いつかみんなで読書会をしたい本となりました。

罪の赦しの福音のゆえに、罪や悪、死の力の束縛から解放されて自由となっているのがキリスト者の本質ですが、そこにとどまらずに、自由にされているがゆえに、その自由を用いて、喜んで他者に仕える者、奉仕をする者になっていくのだ、と言っていると思えてならないのです。……よく言う「~からの自由」は人間を抑圧する社会的な悪や内面的な罪から解放することとしてとても重要なものです。普通の国語辞典で「自由」を引けば自由とはこの意味でのことだと説明しています。しかし、聖書とそれに拠って立つルターは、「~からの自由」にとどまらないで、さらに一歩進んで「~への自由」へと招くのです。(p.26-27)

地方教会として

今年度も教区総会は書面決議となりました。新型コロナウイルスによって、年に1回顔を合わせることを楽しみにしていた友人たちと長く会えなくなり、どこか疲れを感じているのは私だけではなさそうです。

総会資料に目を通していると、日下部遣志教師による議長挨拶に心打たれました。日下部教師は田川教会に8年、そして今の川内教会で16年目となります。この春、2番目の娘さんが関西の大学へと進学されました。教区のソフトボール大会などで会う度に、うちの子どもたちといつも一緒に遊んでくれる、とても素敵な娘さんです。

2番目の娘は、高校3年間、子どもや幼稚園保護者を誘って教会学校を盛り上げ、礼拝後は玄関に立って、帰って行く教会員に手を振って最後の一人まで見送りました。若者の新しい出発は喜びではありますが、教会にとっては涙、涙。寂しい思いで一杯です。地方の教会はそのようにしてようやく信仰に導かれた大切な若い信徒を送り出し続けてきたのです。

日本社会における<地方の縮図>が、地方教会にもあります。地方教会は「苗床教会」として、地元の若者たちを都市部の教会へ送り出してきた、という面があるのです。けれども、それすらも難しくなってきた現実もあります。荒尾教会はどうでしょうか。

それぞれの教会で精一杯歩みつつ、荒尾教会にとっての山鹿教会のように、他教会とも繋がっていくことで気付かされることが一杯あります。地区・教区・教団の繋がりを祈り深めていきたいと願っています。(有明海のほとり便り no.207)

よきリードの力をお与えください

『信徒の友5月号』が届きました。パラパラとめくっていると、その最後の方に、教団出版局からの新刊紹介が出ています。何気なく見ていると、『礼拝と音楽』『教師の友』の紹介が並んでおり、両方に「小さく」自分の名前が!たまたま私が寄稿した両誌のタイミングが重なったのです。おそらくわたしの人生で、もう二度とないでしょう(^_-)

特に5月号はペンテコステを覚えて、聖霊の導きの中で歩まれている信徒の証しが沢山掲載されており、胸に響くものばかりでした。どうぞお手にとって読んでいただきたいと願っています。

その証しの一つに、Nさん(宮崎教会員・オルガニスト)のものがありました。Nさんのお父さまは奄美にある喜界教会を長く牧会された故・M牧師です。Nさんは就職で東京に出られてから1年間、教会を離れていた時期もあったそうです。再び教会に行くようになりますが、奏楽奉仕は断られていました。けれども、お連れ合いの転勤で鹿児島に引っ越したとき、当時鹿児島教会を牧会されていた布田秀治牧師(仙台・いずみ愛泉教会)と出会い、パイプオルガンの奏楽者としてレッスンを受けるうちに、どんどんその魅力にはまっていったのです。いまは、再びの転勤で宮崎へ行った際に出会った宮崎教会で、奏楽者として奉仕されています。

奏楽者としていつも心がけて
礼拝前に祈る言葉があります。
「会衆一同が高らかに賛美できるよう、
よきリードの力をお与えください」。
布田牧師がいつもお祈りしてくださった
言葉を思い出して祈るのです。(p.61) 

奏楽者の奉仕は、ついつい当たり前のようにされてしまい、忘れられてしまいがちです。けれども私たちの賛美そして礼拝を豊かにするかけがえのない奉仕であることを覚え、祈っていきましょう。(有明海のほとり便り no.206)

天の「父なる」神さまとは

めぐみ幼稚園のお祈りは、礼拝の時も、食事やおやつの時も、いつも「天の父なる神さま」という呼びかけで始まります。子どもたちのまっすぐな呼びかけに神さまは喜んで下さっているはずです。

けれども実は、教会ではあまり使われなくなって呼びかけであることも事実です。私自身、牧師として「父なる神さま」と呼びかけることは、主の祈りなどを除いてほぼありません。

キリスト教会では長く神を「父」あるいは男性名詞で表現してきました。けれども、その歴史を振り返る時に、「もし神が男性なら、男性が神に」なってしまい、男性中心主義の教会を形成してきました。女性が一人の人間として尊重されるのではなく、あくまで従属的な存在として扱われてきました。例えば、日本の教会では多くの場合女性信徒の方が割合として多いにも関わらず、牧師は圧倒的に男性が多く、女性牧師が十分に賜物を発揮できる環境が整っていません。

神は人間が持つ「男性」「女性」という狭い性概念に縛られずもっと広く深い存在であることを聖書は語っています。そういう意味では、神は「父」でも「母」でもあるのです。

4年間ずっと考えてきたのですが、「天の父なる神さま」から「いのちの神さま」に変更することを、先日の職員会議で提案しました。すべての<いのち>を創られ祝福される神さまに、子どもたちが呼びかける言葉として相応しいのではと思ったからです。すると、先生たちはあっさり(?)「いいと思います!」と賛成してくれました。

ぜひ皆さんも、「父なる神さま」や「いのちの神さま」だけでなく、多様な(カラフルな)呼びかけをしてみてはいかがでしょうか。(有明海のほとり便り no.205)

『ただ信じること』ソラ フィデェ

1946年、当時荒尾高校の英語教師だった、宮崎貞子先生がご自宅(いまの宮崎兄弟資料館)を開放して家庭集会を始めたことから、荒尾教会が始まったと伺っています。けれども、貞子先生ご自身は牧師ではなかったので、牧師を招いての集会も企画していきます。1946年11月に、錦ヶ丘教会から松木治三郎先生を招いて、特別礼拝を持ちました。そこから毎月のように松木先生が足を運んで、貞子先生を助けてくださったのです。ですので、この特別礼拝を守った1946年11月13日が、荒尾教会の創立記念日になりました。

その松木治三郎先生が遺されたイースター礼拝の説教原稿で次のように言っています。

いま、ここでイエスと共にあるということは、
いのちのある間だけではない。
すべてが、人間のすべてが終わった、
現実の死の墓場に立っても、
なお一つだけすることが残っているということである。
それはほかでもない、
「ただ信じること」、ソラ フィデェ。

この箇所を読んで、気付かされました。75年前、この荒尾の地で、荒尾教会を立ち上げていく中で、松木先生が熊本市内から通って伝えようとしたこと。それがこの「『ただ信じること』ソラ フィデェ。」という一言にギュッと詰まっていると。貞子先生もそう信じていたはずです。

「ソラ フィデェ」とは、ラテン語で、英語に訳せば「by faith alone」になります。500年前宗教改革を起こしたルターが最も大切にした言葉でした。

私たちも、どんな時も諦めないで歩んでいきましょう。「人間のすべてが終わった、現実の死の墓場に立っても」、イエス・キリストの復活を「ただ信じつつ」。(有明海のほとり便り no.204)