参議院選挙が近づいてきました。選挙に参加したくとも出来ない隣人がいます。選挙権がある方は、しっかりと選挙権を行使していただきたいと願っています。
アメリカだけのことかと思っていたら、この日本においても、「ファースト(一番)」を強調する政党・政治家が出てきています。それに対して、ある候補者は「人間にファーストもセカンドもない」と批判したとネットニュースで知り、共感しました。
2000年前、人間を「汚れ」と「清浄」で分断だらけの社会の中で、イエスはその境界線を軽々と越えていきました。「キリストの愛の『広さ』『長さ』『高さ』『深さ』がどれほどであるか」(エフェ3:17~19)を週ごとに味わう時、誰かを「ファースト」にすることの誤りを感じざるを得ません。
けれども、「ファースト」を強調する政党が賛同を集めていることも事実です。格差がどんどん広がる中で、生活に余裕がなく苦しんでいる方たちの、「助けてほしい」「無視しないでほしい」という率直な思いの現れでもあります。しかし、「ファースト」を強調し、ある集団を優先することによって、格差が解消されず、むしろ新たな分断が生まれ、ますます格差が広がります。格差だけでなく、ヘイトや差別を助長してしまうでしょう。
「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。」(マコ10:43-44)
このように弟子たちに命じた、イエスさまのみ言葉にわたし達は立ち返り、神の国の建設を祈り求めてまいりましょう。(有明海のほとり便り no.419)