この聖書(よいほん)のことばを うちがわから みいりたいものだ ひとつひとつのことばを わたしのからだの手や足や 鼻や耳やそして眼のように かんじたいものだ ことばのうちがわへ はいりこみたい
キリスト者詩人・八木重吉の詩です。まず気付かされるのは「聖書」という漢字に、「よいほん」というルビをふっているのです。重吉は聖書の言葉を、身体全身で入り込み、身体全身で感じ取りたいというのです。
読書にも様々な読み方があります。重吉が示すのは速読でもなく、単なる遅読でもありません。もっともっと入り込む聖書の読み方です。頭だけでなく、脳だけでなく、耳や手、全身で。あたかも、自分の体を聖書の中にすっぽり入れ込むかのように…。
そのような読み方をしていきたいと願っています。(有明海のほとり便り no.446)
