在日大韓基督教会を覚えて

友人の金耿昊(きむ・きょんほ)さん(敬和学園大学准教授)が、月刊誌『福音と世界』で新しく連載を始めました。「地域から考える在日朝鮮人史と教会史―関東大震災から100年をおぼえて」と題して、歴史学を専門とする耿昊さん(在日三世)による小論です。最初の掲載となった4月号では、生い立ちについて書かれていました。

小さい頃から、両親と祖父母が通う在日大韓基督教会Y教会の礼拝に出席していましたが、「在日としての誇り」の内実がない中で、大学で朝鮮の歴史や韓国語の学びを始めていきます。2006年に韓国へと留学しました。

留学から帰ってきてみると、祖父母の祈る言葉、韓国語の讃美歌や説教の中身が分かるようになっていた。在日教会は日常では日本人に取り巻かれる中、自分の言葉と思いを吐露できる場所でもあった。それが教会に来る人の心の支えになっていることも理解した。そういう場所を支える意味を実感したことで、私は洗礼を受けることにした。
また私は日本において、朝鮮への加害の歴史に真摯に向き合うキリスト者にも出会うことができた。そうした人々の言葉に触れながら、私は少しずつキリスト者として今を生きることの意味を学んでいったのだった。

耿昊さんがこのような思いをもって、キリスト者となっていったことを初めて知りました。同時に、わたし達は在日教会に生きる方たちのことを、あまりにも知らなさすぎるのではないかとも、思わされました。

この熊本地区にも在日大韓熊本教会があります。K牧師は、同じ農村伝道神学校の出身で、いつもお支えいただいています。日本基督教団と在日大韓基督教会は1984年に宣教協約を結んでいますが、この関係をさらに深めていきたいと願っています。(有明海のほとり便り no.314)