れいはい紙芝居

新年度が始まって3ヶ月。荒尾めぐみ幼稚園・霊泉幼稚園では様々な課題が浮かび上がって来ています。視点を変えれば、それだけ保育現場が動いている証しでもあり、保育者・保護者が園児一人ひとりの園生活をあたたかく充実したものとしていきたいという願いの証しでもあります。心を込めて一つ一つの課題に取り組んでいきたいと願っています。

先日はひかり組(3・4・5歳児)のクラス参観を行いました。その日に向けて、担任のA先生・N先生が熱心に準備をされていました。嬉しかったのは、礼拝に心を向けるのが難しい何人かの子どもたちのために、A先生が手作りの紙芝居を作って下さったのです。当日は、礼拝の前にその紙芝居を読んでくれました。

神さまが子どもたちを一人ひとり見守ってくれていること、お祈りは自分のことだけでなく、周りの人たちのことを覚えて祈る大切さ、食前の祈りでは食事への感謝と共に、いま食卓を囲うことが出来ていない友達を覚えて祈る大切さ…。

子どもたちだけでなく、参加した保護者に、一つでも響くところがあったことを願っています。

キリスト教保育に欠かせない礼拝・お祈りですが、ともすればなぜ子どもたちと礼拝を行っているのか、その意味を見失ってしまい、単なる「朝のお集まり」になりがちです。もちろん「朝のお集まり」にも意味はありますが、「遊び」を中断してまで行うことなのか、よく分からなくなっていく…というのが、特に3・4・5歳児の担任の先生たちの正直な思いではないかと感じています。その疑問に対して、きちんと答えることが出来ていない牧師園長の自分にもどかしさを感じてもいる中で、2年目のA先生が一生懸命に考え紙芝居に繋げていった姿に、励ましと学びをいただきました。(有明海のほとり便り no.316)

教会マネジメント

先日、県庁で園長等研修が行われ、「保育の質向上と組織マネジメント~チーム・組織で実現する保育の質と園長の役割~」と題して、井上眞理子先生(洗足短期大学)より講演がありました。とても有意義な学びでした。

まず、「マネジメント」というと、漠然と様々な経営管理のことを指すと思っていましたが、誤解でした。

マネジメントは方法論ではない。考え方(思考法)を学ぶこと
①実際に起きている課題・事件の分析から始める →事件の原因を探っていく
②成功事例からヒントを得る →そのために事例集などを参考にする
③園にフィットするようにカスタマイズする →園にあった小理論を作っていく。

そして、「マネジメント」のキーワードとして「組織」があります。

組織の成立条件
①目的の共有→法人理念・保育理念が最低1つでも共有されているか?
②貢献意欲→理念実現のために専門性を組織に対して発揮しているか?
③コミュニケーション→目的のために情報共有し協同的に支え合っているか?
サッカー日本代表は組織だが、渋谷の交差点にいるたくさんの人たちは組織ではない。

いま教会という「組織」においても、マネジメントが求められています。もちろんお金儲けや単なる組織拡大ではなく、福音の分かち合い(宣教・伝道)と奉仕というミッションのために。

では、荒尾教会が直面している課題は何でしょうか? 荒尾めぐみ幼稚園の運営、霊泉幼稚園の建替え、信徒の高齢化、教勢の広がりの難しさ、会堂設備のメンテナンス、地域の人口減少…  尽きませんが、祈り支え合いつつ楽しくマネジメントしていきましょう。(有明海のほとり便り no.315)

在日大韓基督教会を覚えて

友人の金耿昊(きむ・きょんほ)さん(敬和学園大学准教授)が、月刊誌『福音と世界』で新しく連載を始めました。「地域から考える在日朝鮮人史と教会史―関東大震災から100年をおぼえて」と題して、歴史学を専門とする耿昊さん(在日三世)による小論です。最初の掲載となった4月号では、生い立ちについて書かれていました。

小さい頃から、両親と祖父母が通う在日大韓基督教会Y教会の礼拝に出席していましたが、「在日としての誇り」の内実がない中で、大学で朝鮮の歴史や韓国語の学びを始めていきます。2006年に韓国へと留学しました。

留学から帰ってきてみると、祖父母の祈る言葉、韓国語の讃美歌や説教の中身が分かるようになっていた。在日教会は日常では日本人に取り巻かれる中、自分の言葉と思いを吐露できる場所でもあった。それが教会に来る人の心の支えになっていることも理解した。そういう場所を支える意味を実感したことで、私は洗礼を受けることにした。
また私は日本において、朝鮮への加害の歴史に真摯に向き合うキリスト者にも出会うことができた。そうした人々の言葉に触れながら、私は少しずつキリスト者として今を生きることの意味を学んでいったのだった。

耿昊さんがこのような思いをもって、キリスト者となっていったことを初めて知りました。同時に、わたし達は在日教会に生きる方たちのことを、あまりにも知らなさすぎるのではないかとも、思わされました。

この熊本地区にも在日大韓熊本教会があります。K牧師は、同じ農村伝道神学校の出身で、いつもお支えいただいています。日本基督教団と在日大韓基督教会は1984年に宣教協約を結んでいますが、この関係をさらに深めていきたいと願っています。(有明海のほとり便り no.314)

キ保連熊本地区春季保育者研修

とても久しぶりに対面での春季保育者研修が日本福音ルーテル熊本教会で開かれ、明世先生と参加しました。コロナ禍以前は、新任保育者を対象としたこの研修が、牧師園長としての学びにも深く繋がり楽しみにしていましたが、同じ感動を今回も味わうことが出来ました。

熊本教会の小泉嗣牧師による礼拝を守り、そして「尊くおごそかで、気高く犯しがたい」と題して牧師より講演をいただきました。新任保育者にも分かりやすく、キリスト教について、キリスト教保育についてまとめてくださっていました。

・キリスト教人間理解の大前提は「命は神が与えたもの、命は神のもの」
 =生きていると同時に生かされているわたし達
 ・人間は神になることは出来ない。
 ・人間は人間以下になることもない=人間は等しく尊厳を持つ
 ・イエス・キリストは、罪を犯す人間の身代わりとなって十字架に死に、神の命に生きることの素晴らしさを、復活をもって証明した。
 ・キリスト教保育の中心にあるものは「尊厳=尊く、おごそかで、犯してはならない」
 ・この尊厳は、子どもたちだけでなく、保護者にも、保育者一人ひとりにもある
 ・キリスト教保育は、イエスの教え(=神の国・神の愛・隣人愛)そしてイエスの養護(ディアコニア=あらゆる苦難をしている人に仕える)に学ぶ(=まねぶ)

午後は、「キリスト教保育と賛美」と題し、こひつじ保育園の犬童れい子先生より讃美歌指導がありました。「讃美歌は祈りであり、感謝であり、願いであり、聖書からのメッセージでもある」という言葉が胸に響きました。(有明海のほとり便り no.313)