『春いちばん』

作家・玉岡かおるによる、賀川豊彦の連れ合い・ハルの物語です。豊彦のことはかなり知られていますが、ハルのことはほとんど知られていません。わたし自身、この本を読んで初めてその姿に触れることが出来ました。

賀川豊彦(1888-1960)は、キリスト教社会運動家・牧師として数多くの働きをなしました。初期の労働運動、農民運動、無産政党運動、生活協同組合運動(生協)を立ち上げていきます。豊彦は神戸・新川地区を拠点にまず当時の貧困問題に取り組んでいきます。ちょうどその頃に、ハルとの出会いが与えられ結婚します。すでに有名になりつつあった豊彦ですが、決して自分たちのために財を蓄えるわけでもなく、収入の多くは社会運動に消えていく中で、ハルはまさに豊彦と二人三脚で歩んでいきます。豊彦は新川の人たちに向かって

「病気や急用で手がいる時は遠慮なく言ってください。このお嫁さんはおたくの女中になって働きます」(p.256)

と紹介したそうです。「女中」と言われたハルを含めて周りの人々はもちろん驚き戸惑います。言い方によっては、かなり差別的な発言とも取れます。けれども、ハルは「神と人とに仕える」めざましい働きを豊彦と共に実践していったのです。トラコーマ感染症が広がる中で、予防に尽力したハル自らも感染し右目を失明したにも関わらず、ハルは新川で貧困層の生活を共にしていきました。

豊彦がアメリカ留学中には、ハル自身も神学校で学び、さらには「覚醒婦人協会」を設立します。1922年の演説の中でハルは次のように言っています。

男子の人格を認めると同様、女子の人格を認めなくてはなりませぬ。覚醒した婦人は自分の人格を尊重すると同時に、他人の人権も尊重せねばならぬことを忘れてはならぬ。(新婦人協会の演説会にて) 

このようなハルあっての豊彦でもあったのです。(有明海のほとり便り no.362)