シャガール『ノアの箱舟』

漫画もテレビもない(もちろん当時スマホなど存在すらしない)全寮制の高校生活でよく行っていたのが、学校の図書館でした。教職員合わせて100人くらいの規模の共同体でしたが、図書「室」というよりも図書「館」といった方が相応しい空間と充実した内容でした。奥へ奥へ進むと出会ったことのないような本に出会う設計になっており、いま振り返れば、真理を探求する・学問をすることを身体で体験するような場所だったことに気付かされます。

そもそもアートにほとんど出会ったことのなかった自分が、様々な絵画に触れたのもこの図書館でした。『現代世界美術全集』が何冊も所蔵されており、絵画が持つ力に驚きクラクラしました。特に深い印象を抱いたのが、マルク・シャガールの作品でした。

最近『ノアの箱舟』という作品があることを知りました。旧約学者・並木浩一と文学者・奥泉光の対談で触れていたのです。

並木 人間のために巻き添えを食らったんだ。それはそうなんだけども、動物たちを巻き込んだ責任を、やはりノアが背負っていた。動物たち雌雄を残していかなければならないという仕事をやった。そういう場面をシャガールが描いている。

奥泉 いろんな動物が列をなしていて、そこに象がいれば、人間のほうが小さく描かれたりするだろう。ところがシャガールは全然違っていて、箱舟の前方にどんとノアの姿が描かれる。変な絵ですよね。

並木 人間の尊厳と責任が問われているから。それが確立されていないと、そういう絵は描けない。(『旧約聖書がわかる本』pp.117-118) 

聖書とアートは深く繋がっているのです。(有明海のほとり便り no.363)