神学校・神学生を覚えて

覚えている最も最初の神学生は、東京神学大学の学生たちです。小2で東京・東村山にある母方の祖母と同居することになり、家族で引っ越して以来、自転車で5分のところにある日本基督教団東村山教会の教会学校に出席するようになります。当時、東村山教会を牧会していたのはH牧師で東神大教授でもありました。その繋がりで、複数の神学生たちが東村山教会で実習を兼ねて過ごしておられ、わたしの教会学校の先生たちは、東神大の神学生たち。聖書の学びよりも(?)一杯遊んでもらいました。

それから高校を卒業後、父の紹介で「平和を実現するキリスト者ネット」という憲法9条を守るための超教派ネットワークの事務局でアルバイトをしばらくしました。当時、事務所が置かれていたのがNCC(日本キリスト教協議会)で、そこでも様々な牧師たちに出会う機会が与えられました。同志社、農村伝道神学校、日本聖書神学校出身の牧師たちも出会いました。

牧師になろうという決意が与えられた時に、今までに出会ってきた牧師たちの名前と出身神学校をリストアップしたのです。その時に、自分の信仰や召命に一番しっくりきたのが農伝でした。

4年通いました。特に1年の終わりにHさんと結婚し、3年の終わりにBが生まれ、喜びとともに経済的には最も貧しい時でした。それにも関わらず、最も豊かな時でもありました。毎週のように食パンを焼いて持たせて下さる方、Hさんが妊娠中には車で病院まで送迎して下さる方。Bの出産をあたかもわが孫のように喜んで下さり、教会員さんたちに「物心両面」支えていただき、一度も辛い思いをすることはありませんでした。

神学校での学びに苦労は尽きません。どうか神学生、そして神学校を覚えて祈り支えていきましょう。(有明海のほとり便り no.382)