霊泉の新園舎建築に際し、学法理事長として数多くの書類を作成し押印をしています。昨日も、借入れのための書類や県庁宛の書類に押印しました。いつもこの作業で違和感を覚えるのは、わたし自身の名前の表記です。
我が家は「別姓」で生活をしているので、初めてお会いする方たちの中には、混乱される方もいらっしゃいます。一日も早く「選択的夫婦別姓」制度が実現することを願いつつ、暫定的に私が戸籍では「後藤」としているので、子どもたちも「後藤」で生活しています。つまり「家族別姓」なのです。
法人の登記簿には「理事長 後藤真史(佐藤真史)」といわゆる「旧姓」を併記出来るため、普段法人の関係書類は「佐藤」で通すのですが、行政関係はまだまだ理解が浅く、「後藤真史」とだけの表記を求められることが多々あるのです。
姓を変えると、免許や銀行などの名義変更ももちろん面倒なのですが、研究者などの場合はこれまでの業績が分かりづらくなってしまいます。ましてや名前というアイデンティティに関わる根幹を揺るがすものでもあるのです。
一番問題に感じるのは、姓の選択の自由があると言いながら、実際は女性が改姓するケースが96%にも及ぶという事実です。これは「女性が結婚したら夫の姓を名乗るもの」という旧来の「家制度」(女性は男性(夫・父)のもの)から来る考え方が根強く残っているからです。世界的に見てもこのような制度が残っているのは日本くらいですし、もちろん聖書が語る福音とは逆行する考え方です。
選択的夫婦別姓制度とは、結婚時に同姓か別姓か選べるようにするものです。法制化に向けてますます進展があることを願っています。(有明海のほとり便り no.400)