東日本大震災から15年になります。年々関連記事が減っていることをひしひしと感じています。けれども、今もなお、いや時が経てば経つほど、痛みが深まっている方たちもおられることを覚え、祈り続けましょう。
記事「自宅から100キロ、海岸に遺骨」(読売新聞)が目に留まりました。
止まっていた家族の時間が動き出したのは、1本の電話からだった。昨年9月30日、岩手県山田町の会社員、山根朋紀さん(52)の携帯電話が鳴った。宮城県警の捜査員だった。同県南三陸町と気仙沼市の海岸清掃で2023年2月に見つかった遺骨が、震災の津波で行方不明となった長女・捺星(なつせ)ちゃん(当時6歳)と判明したとの連絡だった。…遺骨の受け渡しの日、宮城県警南三陸署で布に包まれた骨つぼを受け取ると、千弓さんは抱き寄せ、そっと頬を近づけた。「帰ってきてくれてありがとう」。朋紀さんは隣で、目を潤ませながら天井を見上げていた。大弥さんはその後の記者会見で、何度もハンカチで目元を拭った。
津波で流された捺星さん(当時6歳)がもし生きていればもう成人しているはずです。どれほど再会を待ちわびておられたか、その心情は察するに余りあります。まさにご家族の「時計」は止まっていたのです。
いまも東日本大震災における行方不明者は2,550名に及びます。一つ一つのご家族の時計が止まっていることをわたしたちは忘れてはいけません。 イエスの十字架がここにあります。そしてインマヌエルの神が共におられることを祈りましょう。
