北大YMCA汝羊寮

私が札幌で過ごしたのは修士課程の2年間のみでしたが、信仰生活において大きな影響を受けた出会いが2つあります。一つは札幌北部教会との出会い。もう一つは、同じ釜の飯を食べた北大YMCA汝羊寮(じょようりょう)との出会いです。

このどちらが欠けても、神学校に行くことはありませんでした。卒寮後、札幌に帰った際には必ず寮に顔を出し、お世話になった寮母さんとランチに出かけています。けれども、荒尾に来てからは園や教会の業務でそもそも札幌へ帰る機会がつくれず、すっかりご無沙汰をしていました。

すると、同寮した理事から連絡をもらいました。「汝羊寮の寮生が減って危機的状況の中、オンラインで総会を開くことにしたので出てほしい」と。心配していたので、喜んで参加しました。最後に総会へ参加したのは卒寮した2007年度なので、13年ぶりです。懐かしい理事や監事の諸先輩だけでなく、先輩・後輩OBたち、現役寮生たちに会うことが出来ました。

汝羊寮の最大の特徴はキリスト教を基盤とした「自治寮」です。食費や維持費、寮母給与などもすべて自分たちで支出し運営します。毎週の学Y活動ではそれぞれが関心のあるテーマについて発題し対話し、寮集会では寮生活全般について喧々諤々議論します。毎朝の「聖書輪読会」では、ひたすら聖書を1日1章ずつ輪読していきます。そして寮母が作ってくれたご飯を腹いっぱい食べる(人生で最も多い食事!)日々を通して、「人と共に生きる」喜びに気付かされました。

そんな汝羊寮も建物の老朽化が進む中で、寮生が5名にまで減ってしまい寮運営もかなり厳しい状況です。遠く離れた荒尾でも、寮のために祈り支えていきたいと願っています。(有明海のほとり便り no.188)

神さまにまかせおけば大丈夫!

信徒の友12月号』の「金さんのスケッチ散歩」に荒尾教会が掲載されました。神さまからの思わぬクリスマスプレゼントに感謝です。

金斗鉉画伯が短い紹介文の中で、このように記しています。

幼稚園と教会のつながりは難しいが、種まきから20年30年の後に実ることもあるらしい。教会員は60歳が一番若く、高齢の方が多いがゆるぎない信仰で教会を支えてくれているので頼もしいと先生は強く語った。

電話でのインタビューでニュアンスが上手に伝えられなかったのですが、教会員の方たちのことを「高齢」ではなく(^_^;)、むしろ「信仰の先輩・友」として支えて下さっていると感謝しています。

さて、もう一つ12月号に注目の記事がありました。親しくさせていただいているI弁護士の「40代、50代の証し」です。私たちにとっては「札幌北部教会の兄」のような方です。大学を卒業後、アルバイトをしながら司法試験に取り組みましたが、中々スムーズに合格しませんでした。

結婚をして、合格していなのに子どもが生まれて、家事育児兼受験勉強の生活をして…。そんな、周りから見れば危なっかしい生活をしていました。しかし私と妻は、いつも「神さまにまかせおけば大丈夫!」と話していたのです。実際、神さまは、私たちの周りに多くの助け手を準備してくれていて、そのおかげで本当に何の心配なく(少なくとも本人たちは)生きてこられました。

この「神さまにまかせおけば大丈夫!」という感覚が、私たちの信仰生活の確かな導きとなっていくのです。(有明海のほとり便り no.187)

トクベツ

新型コロナウイルスの感染者数が軒並み増えてきて「第3波」を迎えています。感染された方たちが一日も早く回復し癒やされることをお祈りしましょう。

2020年度は、新型コロナウイルスによって教会生活においても大きな影響がありました。現在も続く短縮礼拝は最たる例でしょう。また、本来でしたら今日は収穫感謝礼拝として、子どもたちと一緒に作った豚汁を礼拝後ご馳走になるはずでした。けれども、今年はそれも叶いません。このままでは愛餐会なしのクリスマスも無事迎えることが出来るのか心配です。

そんな時に、次の文章を読んで、ハッとさせられました。

コロナの影響で「今年は…」という前置きがつき、特別さが強調されています。でも、保育を考えたとき、本当はどの一年も特別な一年ですね。子どもにとっても、園にとっても、毎年がかけがえのない一年です。「うちの園の5歳児はこういう保育をすることになっている」とか「運動会では必ずこれをすることになっている」という保育をしていたら、今年の特別さは、大きなマイナス要因になるでしょう。

久保山茂樹(国立特別支援教育総合研究所) 『キリスト教保育12月号』

これは私たちの信仰生活においても同じではないでしょうか。私たち一人ひとりにとって、荒尾教会にとって、どの一年も特別であり、かけがえがないのです。(有明海のほとり便り no.186)

生協(コープ)

すっかりお味噌汁作りにも慣れてきた(おかずはいただき物や冷凍物が多いが…)。「だし」問題も、そもそも「ほんだし」ではなく「グリーンコープ」の「だし」で、何度も探したところ(!)から見つかった。

コープ歴は結構長い。物心がついた時にはすでに実家は「生活クラブ」の会員だった。その頃は、個人配達ではなく、班単位での配達が主流で、家の玄関に班の人たちが集まりワイワイ分け合っていた。いま振り返ると、何だか心温まる場だった。時代の流れの中で、個人配達が主流となっていく。

前任地の仙台では、「あいコープみやぎ」を利用していた。食品の放射能自主測定を行っており、自主基準が10Bq/kg以下としてくれていた。政府は一般食品の放射性物質の基準値を100Bq/kgとしている中で、「あいコープ」からの食品はまさに命綱だった。

どのコープにも共通しているのが「安心・安全な食品を食卓へ」という願い。さらに一歩深めれば、人間が自然・地球と共生していくという指針。

1951年に生協(コープ)の全国組織である日本生活協同組合連合会が設立された際、初代会長はキリスト者・賀川豊彦だった。賀川が「協同組合の中心思想」として7つの言葉を遺している。

賀川が祈り願った神の国のビジョン(幻)がここにある。「人格経済」が実現したとは到底言えない「いま」、まずはささやかな所から。(有明海のほとり便り no.185)

お味噌汁

お味噌汁を久しぶりに作る。あまりに久しぶりすぎて、だしをどうしたらよかったかも思い出せない。そういえば「ほんだし」だったのではと、あれやこれやと探し回るが、結局見つけることが出来ず…。ふと鰹節の小分けパッケージを見てみると、だしにも使えることが判明。早速鰹節からどうやって「かつおだし」を取るのかをググり実行。だしがらを上手く取れなかったが、それくらいはよいだろうと判断し続ける。大根・人参・小松菜・木綿豆腐…とにかく冷蔵庫で「食べて!」と目が合ったものを入れ、最後は味噌を溶かしていく。味見を繰り返すこと3回。う~ん何かが…、でも悪くないと納得して火を落とす。気付いたら、夕食・朝食で吸ったとしても余る量を作ってしまった。次回への改善点にしよう。子どもたちは(多分)美味しそうに食べていた。

もう10年も前、Hさんがフルタイムで働き、私は神学校へ通いバイトをかけ持ちしながら生活をしていた。Hさんに教わったお味噌汁をよく作っていたことを思い出し、自分も家事をもっと担わなければと反省する。

神学校の最終学年に上がる直前、Bが生まれた。当時私たちは、東京にある番町教会に住まいも含めとてもお世話になっていたのだが、教会の方たちはますます私たちの生活を心配して下さった。お祝いだけでなく、紙おむつや子どもの肌着など、そして毎週礼拝後の昼食に出たカレーなどの余りはいつも鍋ごと我が家へ。Bが番町教会で過ごしたのは1年だけだったが、もっとも身体が成長する時期、彼の細胞の多くは間違いなく番町教会産だった。

そしていま、荒尾でも教会や園の方たちが色々と食事などを持ってきて下さっている。聖書が伝える「共に生きる」とはきっとこういうことなのだと思う。感謝して恵みに預かりたい。(有明海のほとり便り no.184)

被造物すべてが主にある「兄弟姉妹」

信仰の先達の一人としてアッシジのフランチェスコ(1182-1226)がいます。裕福な家庭に育ったフランチェスコですが、回心をしていきます。アッシジ郊外のサン・ダミアノの聖堂で祈っていたとき、キリスト像から「フランチェスコよ、行って私の教会を立て直しなさい」という声を聞き、またハンセン病を患っている人たちとの出会い、仕えるようになります。父親から猛反対されますが、フランチェスコは自分の父は「天の父のみ」として旅立っていくのです。

フランチェスコの働きから清貧の実践を大切にする「小さき兄弟団(フランシスコ会)」が生まれていきます。その晩年、病床で目が見えない状態で書いた神への賛美の詩が『太陽の賛歌』です。その一部を紹介します。

賛美されますように、わたしの主よ   姉妹である月と星とによって
あなたはそれらを清く貴く美しいものとして   大空にお造りになりました

賛美されますように、わたしの主よ   兄弟である風によって
また、大気と雲と晴天とすべての季節によって

これを通して、あなたはすべての造られたものらに  支えを与えてくださいます

フランチェスコは太陽・月・星・風・火などを兄弟姉妹と呼びます。フランチェスコにとって「兄弟姉妹」とは何か狭い人間関係ではありません。被造物すべてが主にある「兄弟姉妹」なのです。この「広がり」と「繋がり」を大切にしたいと願っています。

さらに、フランチェスコは肉体の死をも姉妹と呼び、永遠の命に至る希望を歌い上げます。信仰の先達たちが示すこの神の平和・平安を胸に刻んでいきましょう。(有明海のほとり便り no.183)

Deep River

礼拝準備をしていると、どうしても行き詰まってしまう時があります。そのような時には、音楽を聴いたりして、気分の切り替えをするのですが、BGMのように聞き流す音楽だと中々うまくいきません。

そのような中で、数ヶ月前に出会ったチェリストの音楽に深く感動しました。シェク・カネー=メイソンというアフリカ系イギリス人・21歳のチェリストです。数多くの賞を受賞している中で、ボブ・マーリーの『ノー・ウーマン、ノー・クライ』、レナード・コーエンの『ハレルヤ』などもカバーし、大きな注目を浴びました。

その中の一曲に、「黒人霊歌(traditional)」で有名な「Deep River」があります。奴隷としてアメリカへ連れこられた「黒人」たちが、魂と信仰を込めて歌い繋いできた曲です。

Deep river, my home is over Jordan.
深い河よ、故郷は ヨルダン川の かなたに

Deep river, Lord,
深い河よ、主よ、

I want to cross over into camp ground.
越えて向こう側へ、 みなのところへ

Oh, don't you want to go to that gospel feast.
ああ、あなたは 福音の宴に行きたくないのですか

That promised land where all is peace.
約束の地 すべてが平和に包まれている地へ

シェクはチェロでこの曲を奏でるので、歌詞はありません。けれども、その演奏に霊的な深み・感動を覚え涙が止まりませんでした。もしインターネットが使えるならYoutubeでぜひ検索してみて下さい。(有明海のほとり便り no.182)

黙示的想像力

敬愛する友人・有住航牧師(下落合教会)による「黙示的想像力を取り戻すーパンデミック資本主義と対峙する解放の神学」という小論が『福音と世界』10月号に掲載されました。航さんとは学生YMCAなどの繋がりで10数年前に出会い、いつも多くの刺激をもらっています。論文の内容は決して易しくはありません。けれども、非常に重要な指摘がなされています。

新型コロナウイルス感染のパンデミック(世界的大流行)の中で、「ウイルスとの戦争」「非常事態」「自粛」「世界の終わり」といった言葉によって、私たちはいつの間にか「『世界を終わらせない』ための惜しみない協力と奉仕を提供させられつづけて」います。そして「神とウイルスの戦争」を強調する神学的・黙示的言説も叫ばれています。

けれども、ヨハネ黙示録に描かれる「黙示」とは、「世界の終わり」を意味するものではありません。

ほんらい隠されていたものが思いがけないおどろくべきかたちで「暴露」され「発覚」することを指し示す躍動的概念である。

…このパンデミックによって明らかにされていることは、医療・福祉にかかる予算を削減・縮小してきた医療制度「改革」が招いた医療崩壊の事態であり、人々のいのちよりも経済を優先する国家=資本の無制限な欲望であり、この「危機」に乗じて人びとの管理を強めようとする統治権力の目論見である。…「黙示」とは「暗黙のうちに示される」静的なお告げではなく、これまで黙らされてきた人びとがこの世界の現実を見抜き暴露することであり、「旧い世」を終わらせ「新しい世」を到来させる躍動的な希望そのものである。黙らされている現実のただなかにこそ、沈黙を打ち破る黙示のことばが生み出されてゆく。

(有明海のほとり便り no.181)

新しい2つの種目

今年の運動会は、新型コロナウイルスによって大きな影響を受けました。両親だけでなく祖父母も楽しみに参加される行事です。密を避けるため、きりん組(年長)とうさぎ組(年中)のみとすることにしました。

特に2つのこと(①子ども主体、②普段の遊びが運動会へと繋がっていく)を大切にしようと心がけました。「子ども主体」の部分では、きりん組で輪になってミーティングを行い、子どもたち自身が運動会で何をしたいかどんな種目に挑戦したいかを聞きました。出てきたアイディアは素晴らしく、めぐみ幼稚園の歴史の中で初めての種目が2つ(!)生まれました。

「虫と魚を見つけるぞ!」は、いわゆる借り物競争で、子どもの人数分の虫かごに、トンボやバッタ、金魚などを入れて保護者の方たちに持っていただきます。そして子どもたちがカードを引いてそれを見つけにいくというものでした。今のきりん組は虫好きが多く、外遊びの95%を虫探ししている子もいるくらいです。例年だったら運動会前日や当日朝の先生方は直前のリハーサルに力を入れるのですが、みんなで必死になって虫を探して走り回っている姿に、子どもたちも喜んでいました。

「できたよ、みてみて!」は、子どもたちが自分で発表したい運動を決めて行いました。空手の型、ブリッジ、側転、ダンス、どれも素敵でした。特に斜面上りは、お父さんたちと作った遊具で、日々遊び込まれているものです。そこに一人ひとりが一生懸命に挑戦していく姿、上に登った時に見せた満足顔に、深い感動が会場を包みました。

神さまがつくられた、かけがえのない子どもたち一人ひとりの<いのち>が、一生懸命に頑張る姿そのままで美しいことを再確認しました。(有明海のほとり便り no.180)

画家・金斗鉉さんによる『荒尾教会』

待ちに待った金斗鉉(キム・トウゲン)先生による絵が、昨日届きました!

まず驚いたのはその大きさです。測ってみると、20号(長辺約70cm)になっていました。金先生が荒尾に来てくださったのはちょうど1年前ですが、その際に「教会だけでなく幼稚園も入れますか?すこし大きくなりますが…」と聞いて下さり、迷いなく「お願いします!」と答えたのを覚えていて下さったのです。すると牧師館まで絵に入れて下さっていました。間違いなく他の教会よりも描くのが大変だったはずです。実は5号(長辺35cm)くらいのものを想像していたので、頭が下がる思いです。

早速、絵を観ると…、広い美しい空のもとに、十字架が立っています。決して大きくはない、むしろ小さい十字架が、ドアの鍵穴のようにしっかりと、そこにあります。そして教会・幼稚園・牧師館がそれぞれ誇示しすぎず、でも確かな存在感をもって描かれています。木や花の緑が美しいアクセントにもなって…。

ここに住んでいると、あまりにも日常になってしまっていて忘れてしまうのですが、教会・幼稚園が一つのキリストの身体として建てられていること、何よりも神さまの愛と救いを表している場であることに気付かされます。この絵で描かれている光景が、教会員や園児たちだけでなく、通り掛かるすべての人たちの魂に刻まれるものであってほしいと願います。どうぞご鑑賞下さい。

おそらく11月か12月号の『信徒の友』にこの荒尾教会の絵が掲載されると先生から伺いました。そこには先生のエッセーも加わります。こちらも楽しみにしたいと思います。