天の「父なる」神さまとは

めぐみ幼稚園のお祈りは、礼拝の時も、食事やおやつの時も、いつも「天の父なる神さま」という呼びかけで始まります。子どもたちのまっすぐな呼びかけに神さまは喜んで下さっているはずです。

けれども実は、教会ではあまり使われなくなって呼びかけであることも事実です。私自身、牧師として「父なる神さま」と呼びかけることは、主の祈りなどを除いてほぼありません。

キリスト教会では長く神を「父」あるいは男性名詞で表現してきました。けれども、その歴史を振り返る時に、「もし神が男性なら、男性が神に」なってしまい、男性中心主義の教会を形成してきました。女性が一人の人間として尊重されるのではなく、あくまで従属的な存在として扱われてきました。例えば、日本の教会では多くの場合女性信徒の方が割合として多いにも関わらず、牧師は圧倒的に男性が多く、女性牧師が十分に賜物を発揮できる環境が整っていません。

神は人間が持つ「男性」「女性」という狭い性概念に縛られずもっと広く深い存在であることを聖書は語っています。そういう意味では、神は「父」でも「母」でもあるのです。

4年間ずっと考えてきたのですが、「天の父なる神さま」から「いのちの神さま」に変更することを、先日の職員会議で提案しました。すべての<いのち>を創られ祝福される神さまに、子どもたちが呼びかける言葉として相応しいのではと思ったからです。すると、先生たちはあっさり(?)「いいと思います!」と賛成してくれました。

ぜひ皆さんも、「父なる神さま」や「いのちの神さま」だけでなく、多様な(カラフルな)呼びかけをしてみてはいかがでしょうか。(有明海のほとり便り no.205)