東畑開人さんという臨床心理士による新書で、とても読みやすい良著です。傾聴することよりも、ただただ聞くことで人は自ら回復していく力があること、専門家によるカウンセリングも大切だけれども、その前に日常の中で「聞く」があることの方がずっと大切だということが、綴られていました。
神学校では、牧会学や牧会心理学という授業があり、カウンセリングの手ほどきを受けました。相手の思いに耳を傾けることの意味や目的そして手法などを学び、いまでも牧会上の技術として重宝しています。けれども、わたし自身どこかで、「聞く」ことの価値を軽んじていたことに気付かされました。
「聞く技術」と「聞いてもらう技術」はセットになっていて、グルグルと回っている必要があります。…目を凝らしてまわりを眺めてみてください。社会のいたるところでモジモジしている人が見つかるはずです。…不安のあまりに暴走したり、痛みのあまりに他者を攻撃している人も「聞いてもらう技術」を使っています。そこには聞かれていない長い話があって、誰かに聞かれることを待っています。「なにかあった?」と声をかけ、彼らの抱えている複雑な事情を、時間をかけて聞いてあげてほしい。白か黒かの極端な結論だけではなく、その裏にある灰色の長い話に耳を傾けてほしいのです。…自分がちゃんときいてもらえているときにのみ、僕らは人の話を聞くことができます。聞いてもらわずに聞くことはできない。(pp.237-238)
牧師は、立場や役割があり、さらに個人の秘密に関わるため、周りに話すことの出来ない悩みを抱えがちで、精神的に病むことは決して珍しいことではありません。牧会において「聞く技術」はもちろんですが、「聞いてもらう技術」をより広げていく必要があると痛感しました。(有明海のほとり便り no.341)