クリスマス礼拝 12月22日(日)10時半より
※礼拝後、愛餐会を行います。こちらもぜひご参加下さい。プレゼント交換を行うので大人1000円・子ども500円程度のプレゼントを可能な方はご準備ください。
クリスマスイブ礼拝 12月24日(日) 18時より
※荒尾めぐみ幼稚園きりんさん(年長)・うさぎさん(年中)によるページェントがあります。
世界では戦禍にある人々が沢山おられます。このような時だからこそ、神さまの独り子イエスさまの降誕を共に喜びましょう。神さまは共にいて下さいます。
クリスマス礼拝 12月22日(日)10時半より
※礼拝後、愛餐会を行います。こちらもぜひご参加下さい。プレゼント交換を行うので大人1000円・子ども500円程度のプレゼントを可能な方はご準備ください。
クリスマスイブ礼拝 12月24日(日) 18時より
※荒尾めぐみ幼稚園きりんさん(年長)・うさぎさん(年中)によるページェントがあります。
世界では戦禍にある人々が沢山おられます。このような時だからこそ、神さまの独り子イエスさまの降誕を共に喜びましょう。神さまは共にいて下さいます。
詩人・谷川俊太郎さんが召されました。詩作だけでなく、『スイミー』や『ピーナッツ』の翻訳など、作品の価値は計り知れません。特に詩『生きる』は、わたしの中でとても大切な詩であり、読むたびに深い慰めをいただきます。
生きているということ いま生きているということ それはのどがかわくということ 木漏れ日がまぶしいということ ふっと或るメロディを思い出すということ くしゃみすること あなたと手をつなぐこと 生きているということ いま生きているということ それはミニスカート それはプラネタリウム それはヨハン・シュトラウス それはピカソ それはアルプス すべての美しいものに出会うということ そして かくされた悪を注意深くこばむこと 生きているということ いま生きているということ 泣けるということ 笑えるということ 怒れるということ 自由ということ 生きているということ いま生きているということ いま遠くで犬が吠えるということ いま地球が廻っているということ いまどこかで産声があがるということ いまどこかで兵士が傷つくということ いまぶらんこがゆれているということ いまいまがすぎてゆくこと 生きているということ いま生きているということ 鳥ははばたくということ 海はとどろくということ かたつむりははうということ 人は愛するということ あなたの手のぬくみ いのちということ
このような福音を分かち合っていきたいと願っています。(有明海のほとり便り no.390)
創立78周年記念礼拝にお招きした川島直道牧師より、『日本基督教団熊本坪井教会 独立五十周年記念誌』(1958年発行)をお借りしました。熊本坪井教会(現・錦ヶ丘教会)の歴史自体、日本の教会史としてとても興味深いものなのですが、やはりわたしの関心は、そこに荒尾教会がどのように記されているかに注目しました。わたしが見つけることの出来た関連記述を抜粋します。
1948年9月22日23日 青年会主催修養会於荒尾伝道所 1951年4月29日 荒尾伝道所は第二種教会に昇格し川崎嗣夫伝道師を迎え、教会設立式及び就任式が行われた。 (1953年)仝年9月ー翌年1月 荒尾教会牧野富士男(夫)牧師は、毎月一回、聖日説教の奉仕をされた 本年度も引続いて松木牧師、関西学院滞在中は戸田副牧師(5月まで)荒尾牧野牧師当教会長老により、聖日礼拝を守った。 (1954年)仝年4月11日 荒尾教会より来信(抜) 『母教会、熊本坪井教会の祈りと物心両面にわたる援助を心から感謝します。(中略) 私共はここに無より有を創り給うた全能の父なる神への信頼の決断と、私共の悔い改めと献身により過去数年にわたりました貴教会よりの財的援助のみを辞退申し上げる決意をしました。…』 (1956年)仝年8月28日ー30日 夏期修養会 於阿蘇赤水YMCAキャンプ 主催 坪井、荒尾、羽犬塚、三教会連合 主題 「信仰告白」 講師 田中従夫、牧野富士男(夫)、西豊 (1957年)仝年8月21日ー23日 記念夏期合同修養会 主催 坪井、荒尾、羽犬塚、三教会 主題 「正しい教会の在り方を求めて」 指導、田中従夫、西豊、浜辺達男。出席、坪井26名、荒尾12名、羽犬塚6名
「荒尾伝道所」として始まった荒尾教会にとって、熊本坪井教会は「母教会」であったことを、改めて教えられました。当時の荒尾教会牧師・牧野先生が言われているように、神が「無より有を」創られたこの恵みに感謝しましょう。(有明海のほとり便り no.389)