『須賀敦子全集第1巻』は、『ミラノ 霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』『旅のあいまに』というエッセイ集を一冊の文庫本にまとめたものです。
初めて須賀文学に触れましたが、久しぶりに詩を堪能しました。詩は一般的に翻訳が難しいといわれます。その言語での言い回しや韻など、そもそも日本語にはない表現が多用されるからです。わたし自身の読書不足によるものですが、翻訳詩で感動したことがほとんどありません。かと言って少し読める英語でも詩を味わうのは難しく、外国文学における詩とあまりいい出会いをしてきませんでした。けれども須賀が訳す詩は、どれも日本語として美しいのです。例えば、詩人ウンベルト・サバの「きらめく海のトリエステ」の最後の部分を次のように訳しています(p.129)。
港はだれか他人のために灯りをともし、 わたしはひとり沖に出る。まだ逸る精神と、 人生へのいたましい愛に、流され。
翻訳家としても大きな働きをされたことが垣間見える一冊でした。
須賀は60年代ミラノで過ごしますが、カトリック教会の軒を借りつつ活動していたコルシア書店に深く関わるようになります。その書店を取り仕切っていたペッピーノと結婚したことがさらに出会いを広げていきました。
コルシア書店は、カトリック左派と呼ばれる教会運動の拠点でした。古くはアッシジのフランチェスコに始まる「かたくなに精神主義にとじこもろうとしたカトリック教会を、もういちど現代社会、あるいは現世にくみいれようとする運動」(p.217)です。エッセイの中でキリスト教が深く語られることはありませんが、だからこそ逆に彼女の信仰や祈りを、行間から感じることが出来る、お勧めの一冊です。(有明海のほとり便り no.349)