コルシア・デイ・セルヴィ書店

『須賀敦子全集第1巻』は、『ミラノ 霧の風景』『コルシア書店の仲間たち』『旅のあいまに』というエッセイ集を一冊の文庫本にまとめたものです。

初めて須賀文学に触れましたが、久しぶりにを堪能しました。詩は一般的に翻訳が難しいといわれます。その言語での言い回しや韻など、そもそも日本語にはない表現が多用されるからです。わたし自身の読書不足によるものですが、翻訳詩で感動したことがほとんどありません。かと言って少し読める英語でも詩を味わうのは難しく、外国文学における詩とあまりいい出会いをしてきませんでした。けれども須賀が訳す詩は、どれも日本語として美しいのです。例えば、詩人ウンベルト・サバの「きらめく海のトリエステ」の最後の部分を次のように訳しています(p.129)。

港はだれか他人のために灯りをともし、
わたしはひとり沖に出る。まだ逸る精神と、
人生へのいたましい愛に、流され。

翻訳家としても大きな働きをされたことが垣間見える一冊でした。

須賀は60年代ミラノで過ごしますが、カトリック教会の軒を借りつつ活動していたコルシア書店に深く関わるようになります。その書店を取り仕切っていたペッピーノと結婚したことがさらに出会いを広げていきました。

コルシア書店は、カトリック左派と呼ばれる教会運動の拠点でした。古くはアッシジのフランチェスコに始まる「かたくなに精神主義にとじこもろうとしたカトリック教会を、もういちど現代社会、あるいは現世にくみいれようとする運動」(p.217)です。エッセイの中でキリスト教が深く語られることはありませんが、だからこそ逆に彼女の信仰や祈りを、行間から感じることが出来る、お勧めの一冊です。(有明海のほとり便り no.349)

きく

16日(金)午後、常勤・パート教職員全体での参加型研修を、「ビジョン(理想・夢)2024」をテーマに行いました。まずは礼拝を守り、神さまに心を向けます。同僚性を高めるために4チームに分かれてビーチボール大会(大盛りあがり😁)。わたしからスライドを用いながらビジョンを語り、N先生から異年齢保育(3・4・5歳児)について、Y先生から育児担当制保育(0・1・2歳児)について語っていただきました。三人の話しを聞いて、それぞれ感想や活かしていきたいことを付箋に書いてチーム内で分かち合い。中には「2040年になっても荒尾めぐみ幼稚園は残っていてほしい」という意見も😆。

次に「きくワーク」を行いました。丁寧な保育では、保育者は叫ぶような声掛けではなく、一人一人の子どもたちに声を届けることが求められます。そのためにはまず子どもたちの声なき声、心に「きく」ことが大切です。

ワークを準備する中で、きくには「聞く」「聴く」「訊く」「効く」「利く」など様々な漢字があって意味も異なることを知りました。さらに次の禅語に出会いました。

掬水月在手 (水を掬(きく)すれば月 手に在り)

秋の夜に、川へ両手を入れて、水を掬(すく)って見ると、手に月が映る。そのように(仏の)慈悲も、貧富や年齢、男女関係なくすべての人に届くという意味です。真っ直ぐな心で子どものメッセージを聴くことは、水を子どものメッセージに見たてて、静かにそっと水を掬うイメージと重なります。二人一組になって、たらいの水を掬って、となりのたらいに「静かにそっと」移し、その感想を分かち合いました。

初めてのワークでしたが、「きく」ことを言葉だけではなく、体験として、学ぶ(習う)ことが出来ました。(有明海のほとり便り no.348)

「カルト問題と信教の自由」

昨日、「カルト問題と信教の自由」と題して講演をいただきました。

カルトについて、浅見定雄教師(東北学院大学名誉教授)は次のように定義しています。

ある集団をカルトと呼ぶ基準は、その集団の教義や儀礼が<奇異>に見えるかどうかであってはならない。あくまでその集団が、個人の自由と尊厳を侵害し、社会的に重大な弊害をもたらしているかどうかであるべきである。

つまり、新宗教すべてがカルトではありませんし、逆に教義として「正当」であるとされるキリスト教諸教会においても、カルト化することはあるのです。日本基督教団はじめ日本の諸教会においても、牧師による性的暴行やハラスメントなどの事例が起こっています。カルト問題に取り組むことは、自分たちの教会がカルト化していないかを振り返る機会ともなるのです。

統一協会による被害は多岐に及んでいます。霊感商法・正体を隠した伝道活動・合同結婚式・献金や献身の強要等の被害によって、深く傷ついた方たちが本当に沢山おられます。日本からは約7000名が合同結婚式によって韓国へと渡っていますが、その多くが精神的にも経済的にも苦しい状況に置かれているそうです。夫からのDVに苦しみつつも、日本の家族とは縁を切って帰るところもなく、周りからは「あなたの信仰によって夫を変えなければいけない」と強要されている実態があります。

「信教の自由(信じる自由と信じない自由)」をカルトは自己防衛のために使いますが、例えば統一協会こそが信者たちの「信教の自由」を巧みな手段によるマインドコントロールなどで奪っているのです。そのことがようやく周知されつつあり、「解散命令請求」が出されたのです。(有明海のほとり便り no.347)

「ぼくにとって『筑豊』はガリラヤだった」

教区教師研修会が3年ぶりに開催されました。別府不老町教会を会場に、犬養光博教師(平戸伝道所協力牧師)「ぼくにとって『筑豊』はガリラヤだった」と題して二日間に渡る講演をされました。

犬養先生は同志社を卒業後すぐに筑豊に移り、福吉伝道所を立ち上げ46年間そこで働きを続けました。筑豊における諸課題だけでなく、カネミ油症闘争、指紋押捺拒否闘争、菊池恵楓園にある菊池黎明教会での詩篇の学び、愛農聖書研究会など、その働きは常に現場に根ざし多岐に及ぶものでした。犬養先生の生き様に影響を受けた教師・信徒は数多くいます。

犬養先生は無教会の故・高橋三郎先生からも大きな影響を受けています。

ぼくの信仰は、一方で高橋三郎先生を通して与えられたイエス・キリストと、他方、現場、その現場で出会ったイエス・キリストと、二つの中心をもっている。これが一つになれば良いのだが、ずっと緊張関係を引きずってきた。そして近ごろはそれで良かったのではないかと思うようになってきた。(『「筑豊」に出合い、イエスと出会う』p.28)

この「緊張関係」について、「高橋三郎先生のイエス・キリストは垂直の神であり、筑豊のイエス・キリストは水平の現場であり、この十字架が自分の中にある」と説明して下さり、とても腑に落ちました。

ある無教会の集会で、高橋先生の前座で犬養先生が田中正造について講演したところ、高橋先生に「何であのような話をさせたのか」と批判する方たちがいました。すると「現場で苦労して闘っている者の話は、黙って聞くもんだ」と高橋先生が反論されたそうです。お二人は教派を超え、互いに深く信頼し、まさに十字架の神学を生きてこられたのです。(有明海のほとり便り no.346)