大江健三郎著『宙返り』

大江健三郎が召されたと知って、ショックを受けた。いまだに、どうこの思いを処理したらよいのか、よく分からない日々が続いている。

まず手にしたのは、文芸雑誌『新潮』5月号。「永遠の大江健三郎文学」という特集が組まれており、3月に召された大江健三郎に12名の方たちが追悼文を寄せている。改めてわたしにとって、大江健三郎はなくてはならない日本文学者の一人で、いやなくてはならない「たった一人」かもしれない。

『宙返り』という文庫本が2002年に講談社から出ている。本屋でたまたま目にしたその文庫を開いてから、わたしの中にあった「小説」観が大きく変わった。自分が欲していた「物語」がここにあったのだ。

小さな頃から教会に通い、高校でも全寮制のキリスト教が基盤にある生活を過ごしていたわたしは、どこか日本社会の中で「少数者」であることを痛感もしていた。魂の問題に関して、日本社会はどこまでも曖昧さをもち、応えていないように感じていた。そんなわたしのモヤモヤが、『宙返り』を読んだ時に一気に開いていったのだ。

『宙返り』は、元カルト集団に焦点を当てて物語が進んでいく。登場人物たちの間で、ずっとテーマとして出てくるのは、ヨナ書だった。神学校の旧約の授業でヨナ書に関してのレポートを求められた際、正解と思われる神学書等からの引用のまとめはせずに、あえてこの『宙返り』を軸に自分なりに論を展開したことがあった。当然ながら、M先生からは渋いコメントだったが…。

『宙返り』以来、大江作品を貪るように読んだが、最も繰り返し読んだのは『宙返り』だった。あまり評価されていない作品に感じるが、一読の価値はあるので、ぜひ図書館などで探してほしい。(有明海のほとり便り no.311)