準備された支援共同体

アメリカ合同教会のアンソニー・ロビンソン牧師が「教会だけが提供している一つのこと(The One Thing Church Offers That Others Don’t」というエッセーをブログにアップしており、興味深く読みました。

もともとはジェシカ・グロースというジャーナリストがニューヨーク・タイムズで連載した「アメリカにおける宗教の没落」シリーズの最後に、他のグループや活動では体験出来ず教会でだけで得られるものがあるとすればそれは「共同体(community)」だと指摘しているそうです。

教会に行く人達がアクセス出来る準備された支援共同体(ready-made supportive community)こそは社会全体にとって有益なものに違いありません。

この意見に対して、アンソニー牧師は同意した上で、つぎのように述べます(一部を抜粋)。

確かに教会は、生まれた時から死ぬまで、その人の人生と共に歩む力のある共同体であり、孤立社会が深刻化する中で、教会はメンタルヘルス(こころの健康)を保つために大きな役割を果たしている。けれども、「共同体(community)」は自然発生的に生まれるものではなく、労力と時間がかかるもの。牧師は教会共同体を作り上げることを求められ、尽力するが、「給料」をいただいている。わたしがいつも驚かされるのは、毎週必ず礼拝に出席し、教会のために労力と時間を割かれている、「安定し、成熟し、いつも気にかけてくれる信徒さんたち(steady, mature, caring lay members of the congregations)」の存在なのだ。

これを読み、荒尾教会だけでなく全国の教会で出会ってきた、各教会で核となる信徒さんたちのことを思い起こしました。「準備された支援共同体」としてのキリストの体を作り上げていきましょう。(有明海のほとり便り no.317)