私は何も忘れたくない

ドロテー・ゼレ(1929-2003)というドイツの女性神学者がいました。アメリカ・ユニオン神学校でも教え、平和主義者として積極的に政治・社会問題に関わり、20世紀の神学者として大きな影響を与えました。

農伝時代にゼレに出会いましたが、特に思い出深いのは、「神学読書」という授業で、ゼレの主著の一つである『神を考える─現代神学入門を読んだことです。しかも教室は町田の校舎ではなく、日本聖公会東京諸聖徒教会といって文京区にある教会の集会室で、講師は当時牧会されておられた山野繁子司祭でした。日本聖公会では女性司祭実現までの道のりが長かったのですが、1999年に2番目に誕生した女性司祭が山野先生だったのです。その神学読書を受講したのはわたしと山口政隆教師(奄美・徳之島伝道所)の二人だけでした。いま思えば、ものすごく贅沢な学びのひと時でした。

ゼレの回想録『逆風に抗して』が出版され積ん読していたものをようやく手に取りました。ゼレは「アウシュヴィッツ以後の神学」を強く意識して、神学を展開していきます。

私は何も忘れたくない。なぜなら、忘却は死者なしに人間になることができるのではないかという錯覚を育てるからである。事実、私たちは死者の助けを必要としている。私は友人であるアンネ・フランクをとても必要とした。(p.38)
私を捕えて離さない何かがこの伝統の中にあった。それは、イエス・キリストだった。死に至る拷問を受けても、虚無主義者あるいは冷笑的になることのなかったイエス・キリストは、ドイツの悲劇の後、私の周囲にいる多くの人とは違って見えた。(p.55)

現代日本社会において、ゼレを再読(re-read)する必要を強く感じています。(有明海のほとり便り no.339)

アドベントを迎えて

昨日、キ保連熊本地区の合同クリスマス礼拝が熊本白川教会を会場に4年ぶりに行われました。園長会で話し合いを重ね、コロナ禍前のように大々的に行うのではなく、何よりも礼拝を共に守ることを大切にしようと、礼拝と簡単な茶話会というシンプルな形での開催でしたが、荒尾めぐみ・霊泉そして県内のキリスト教園から100名以上が集い、温かい交わりの時となりました。

司式は大田七千夫牧師(武蔵ヶ丘教会)で、そのメッセージが心に沁みました。ルカ福音書2章をもとに羊飼いたちの姿からお話下さったのですが、乳飲み子イエスを羊飼いたちが見つけるのは「飼い葉桶」であり、この「飼い葉桶」は羊飼いたちにとっては、牧畜の現場で日々使う最も身近なものでした。つまり救いはわたし達の日常のただ中にまったく予期せぬ形で訪れるのです。

人類の救い主はベツレヘムに生まれ給うたのである。これによって神の愛が、神の教えが万人に及ぶこと、が明らかにせられたのである。これは大きな福音である。特定の人、特定の才能のある人々だけでなく、むしろそういう人々ではなく、平凡な人々が救いにあずかるのである。キリストは私共のような平凡な取るに足らない者にも降り給うたのである。これがクリスマスの一番大切な意義である。(鈴木弼美「独立時報」第45号1963年) 

今日からアドベントに入りますが、このような時代だからこそ、この「大きな喜び」(ルカ2:10)、救いの訪れを待ち望みつつ過ごしましょう。(有明海のほとり便り no.338)

狭山ひかり幼稚園

2年半前、霊泉の園舎建築に向けて、関連資料を読み漁った際、特に目を奪われたのが、埼玉・狭山ひかり幼稚園の園舎だった。木を豊かに使った木造平屋園舎は、各保育室を広い廊下やデッキが結び、「これは私の部屋、となりも、そのとなりも全部私の部屋」(HP)になっている。「子ども」「自由」「遊び」を尊重する保育観が写真を見ただけで感じることが出来た。この時受けたショックが、霊泉の新園舎設計に繋がっていることにいま気付かされる。

園名に「ひかり」とあるため、もしやと調べてみるとキリスト教保育の園でさらに親近感を抱いた。また、園長がH先生ということも知って、わたしが山形の独立学園高校でお世話になった世界史のH先生と関係があるのではと思ったが、確信は持てなかった。

この春、キ保連九州部会総会に連盟理事のH先生(仙台・尚絅学院大)が来て下さった際、きょうだいであるH先生が新潟の敬和学園高校からお父様のいる「狭山ひかり幼稚園」へ移ったと伺い、すべてが繋がった。いまH先生は園長として同じキリスト教保育の現場にいるのだ。HPで「『園長!』の写真日記」が日々更新されている。

今は分からなくてもいずれ分かる時が来る。それが、教育の現場の真実です。「教育とは、目の前の生徒が何年後、何十年後かに、大きく成長するための原因となることを、未来を信じて、絶え間なく提供していく業のこと」と先輩教師からかつて教えられました。
今日も、ひかりの子どもたちが、将来大きく成長していくことを信じ、そのために私ができることを精一杯努めよう。(11月13日) 

25年前、このことをH先生から確かに習ったわたしも、荒尾めぐみの先生たちと、できることを精一杯努めていきたい。(有明海のほとり便り no.337)

『真理と信仰』

「真理を求めてよく考えれば必ずキリスト教信仰に至る」

内村鑑三の弟子、鈴木弼美の言葉です。鈴木は東大の助手でしたが、それを投げ捨てて、山形の小国町というとても奥深い山村に、基督教独立学園という全寮制の高校を創設しました。

鈴木先生が生徒たちによく語った言葉があります。それは、「真理を求めて考えなさい」であり、「真理とキリスト教とどちらを取る?」と聞かれれば「真理を取る」と答えたそうです。これは「真理を求めてよく考えれば必ずキリスト教信仰に至る」という信念・信仰に繋がっていきます。

私が 49 期生として入学した時、すでに鈴木先生は召天していました。2 年生の時、私は山ぶどう酒事件を起こし無期停学になったのですが、その時に事務の先生から渡されたのが、鈴木先生が書かれた『真理と信仰』という本でした。高校時代読んだ本の中でも、深く自分自身に刻まれた一冊です。けれども、一般には流通しているものではなく、人に紹介したくとも難しい本となっていました。

今回、一人の卒業生の手によって、pdfデータになってインターネットに公開されました。それも、「21世紀の中高生が読みやすい本」とするために、ふりがなとかなり詳しい註を加えて下さったのです。さらに、原本には未掲載の鈴木先生の文章を4章分も加えてあります。その尽力に心から感謝です。この稀有なキリスト者の信仰と思想そして生き様に、ぜひ一度触れてほしいと願っています。(有明海のほとり便り no.336)

あそびは ごはん

毎年、色々な養成校から実習生が派遣されます。荒尾めぐみ幼稚園での実習が、いい意味でも反面教師的な意味でも実り豊かなものと願っています。実習生はもちろんですが、担当する各担任にとっても、日々実習生のメンター(相談役)となり、日誌へのコメントを返していくことは楽なことではありません。けれども、実習生の受け入れを通してわたし達自身の学びにつながることも多く、依頼があればすべて受け入れるようにしています。また、園長として実際の保育現場にずっと入ることは難しいため、せめて日誌にはコメントを加えるように心がけています。その中で、先日りんごの木代表の柴田愛子さんの文章「あそびは ごはん」に出会いました。

あそびはごはんのようなもの 毎日食べないと 元気が出ない
毎日食べているのに 飽きない 主食のご飯やパンが大事
どんなにおかずが豪華でも どんなに珍しいものでも
そのおいしさがわかるのは 主食があるから
ご飯もあそびも何の足しになっているか 定かではありませんけれど
心が喜んで 前向きに生きていけるには 絶対必要!
あそびのご飯 食べていますか?
私なんて もはや 仕事とあそびの境目がわかりません
あそびっぱなしです! ご飯食べっぱなしです!
だから幸せに太っています。

遊びをご飯のように大切にしていきたいと願っています。(有明海のほとり便り no.335)

若松英輔著『亡き者たちの訪れ』

期せずして、召天者記念礼拝の準備と重なりました。すべてを読み終わってはいませんが、講演録をもとに編まれており、深いテーマを見事に語られており、特に「宗教(者)」へ問いかけが鋭くささりました。

若松英輔は1968年生まれの批評家・随筆家であり、キリスト者です。けれども、3・11という大震災を受けて、キリスト教を含む宗教者からは本当に必要な応答がなかったと指摘します。

鎮魂を論じることと、魂を感じることは別です。魂の実在を信じていなくても、鎮魂を口にすることはできる。それが現代なのかもしれません。文学者ならまだしも、宗教者すらそうだった、と私には思えました。彼らの発言は、現実から離れているだけでなく、冷淡にさえ感じました。冷淡な、と私が言ったのは、彼らが、生者を思う死者の言葉に耳を傾ける前に、彼らを別な次元に追いやることで決着をつけようとした、と見受けられたからです。(pp.18-19)

ここで若松は、オカルト的な存在でも、幽霊でもない「死者」について語っています。この「死者」は沈黙している存在なのではなく、もっと積極的にわたし達「生者」に語りかけてくる存在として描きます。若松にとっての亡き父や連れ合いのような存在です。

死者を語らない宗教など、すでに宗教の名に値しないと私は思います。宗教は、狭義の道徳でも、倫理規範でもありません。どう生きるのが正しいのかを説く思想でもありません。宗教とは、生者と死者がともに超越と不可分の関係にあることを示す契機であり、伝統であり、生きる道です。(p.32) 

「復活した死者」であるイエス・キリスト、そして信仰の先達たちからの語りかけに、耳を澄ましていきたいと願っています。(有明海のほとり便り no.334)

大江健三郎著『「新しい人」の方へ』

薦められて手に入れようとしたら絶版になっていて、古本でようやく購入した一冊です。大江健三郎らしいユーモアとあたたかさに満ちたエッセイ集で、とても読みやすかったので、ぜひお手にとってほしい本です。

大江は本を「速読」することではなく、むしろ「ゆっくり確実に読んで、それからの生涯を、本当に本を読む人としてすごすのがいい」(p.181)と語ります。

本を読むための自己訓練は、本当に読みたい本が、ゆっくり読まなければ内容をつかめない場合に、必要になります。こういう本は、ゆっくり読むのですから、なかなか前へ進まない。なにより良くないのは、途中で投げ出してしまうことです。どうしても難しく、読み続けられない時は、もう少したってから、あらためて読む本の箱に入れておくといい。そして、時々トライしてみることです。(p.191)

キリスト者にとってまさに「ゆっくり確実に読む」ことが求められるのは、聖書です。なかなか前へと進んでいきませんが、皆さんと共に読み進めていきたいと願っています。

パレスチナ人思想家であるエドワード・W・サイードとのやり取りも印象的でした。サイードはイスラエルによる強大な支配に対しても、そしてパレスチナ側の「自爆テロ」に対しても反対を言い続けました。

カイロの新聞に載ったサイードの文章にこういうところがあります。…《イスラエルの排外主義と好戦性に対する、私たちの答えが、「共存」である。それは譲歩することではない。連帯を作り出すこと、それによって、排外主義者、差別主義者、そして(たとえばビンラディン一派のような)ファンダメンタリストたちを孤立させることなのだ。》

いまこそ二人の言葉を再読し分かち合いたいと願っています。(有明海のほとり便り no.333)

小中学生の自殺者が過去最多

文部科学省が10月4日、2022年度の児童・生徒の自殺者が411人、前年度比で43人も増えたという調査結果を発表しました。特に小学生は19人、中学生は123人で過去最多、高校生も269人で過去2番目という結果です。

どうしてこのようなことが起こってしまうのか…。原因はもちろん一つではありません。いじめ、暴力、家庭内暴力、教職員による体罰など、様々なことがきっかけとなって自死へと繋がっていきます。けれども原因に関しては、半数以上が遺書を残していないため、多くは分からないのが現状のようです。

文科省も『SOSの出し方教育』を推進したりなど対策を打ち出しているようですが、まだまだその効果が出ていないことも事実です。世界的に見ても、日本は子どもの自殺が特に多い国になっています。

一人一人のいのちが「かけがえのない」ことを、子どもたちと、そして社会全体でもっともっと共有していかなければいけません。そのために、もっと教育(乳幼児・小中高大)に予算を回し、豊かな環境(人的にも物的にも)を造り上げていく必要があると思います。いま政府は軍拡を推し進めていますが、「かけがえのない<いのち>」という視点からも、お金の使い方としても、間違っているのではないでしょうか。

そして、このような子どもたちの現実を目の前にして、荒尾教会として、荒尾めぐみ幼稚園として一体何が出来るのでしょうか。まずは、子どもたちと「あなたは愛されている<いのち>」であることを分かち合っていきましょう。そして、学校でも家庭でもない、もう一つの居場所となるように出来ることを模索していきたいと願っています。(有明海のほとり便り no.332)

突然の訃報を前に

「A牧師が2023年10月9日(月)に天に召されました。55歳でいらっしゃいました」という訃報を受け取り、呆然としてしまい、仕事に手がつかなくなってしまいました。牧師園長として幼稚園の責任も持ち、認定こども園への移行、そして新園舎建築をやり遂げた矢先でした。しかも、新しい教会の会堂建築も同時に成し遂げたところでした…。

A牧師と初めて出会ったのは、わたしが札幌にいた頃です。当時、A牧師は札幌の教会・幼稚園を牧会されていました。修士2年の冬、悩みに悩んだ末に農村伝道神学校へと行くことが決まった頃に、たしか天皇制・靖国問題を覚える集会が札幌でありました。教団だけでなく、各諸教派そして仏教諸派も集うもので、大きなお寺で行われました。赤いパーカーを着ていったら、みなさんフォーマルな服装で、一人場違いで少し恥ずかしかったのを覚えています。その場に、A牧師が出席されていて、ほとんど仏教関係の僧侶さんたちの中にわたしを見つけると、嬉しそうに話しかけてくれたのをよく覚えています。

A牧師も農村伝道神学校の出身で、わたしが農伝に進学してからすぐに、A牧師も西東京の教会・幼稚園に転任されました。神学校日礼拝などにお招きいただいたり、お連れ合い共々とてもお世話になりました。 北海道に転任されてからは直接お会いする機会はほとんどありませんでしたが、A牧師園長の働きと温かい人柄はいつも胸にありました。あまりにも早すぎる召天に、最も驚き悲しみの淵にあるご家族、そして教会・幼稚園の関係者に癒しがあることを祈ります。(有明海のほとり便り no.331)

99ではなく目の前の一人に

先日、はるばる群馬から荒尾を訪ねてきてくれた、三浦啓牧師園長(桐生東部教会・にじいろこども園)と、様々なことをゆっくり話すことが出来ました。特に、ブレずにキリスト教保育を実践していく歩みから、大きな刺激を受けました。子どもたちはもちろんですが、こども園で働く教職員や、養成校から来る実習生一人一人をとても大切にされ、そこから生まれてきた子育て支援センターの働きの充実に感銘を受けました。

昨年の法人研修で三浦牧師から学んだことを思い起こしていました。あいにくのリモート研修でしたが、「保育観」をテーマにどんなキリスト教保育をわたし達が願っているのか問われ考えました。特に響いたのは次の言葉です。

保育観を大切にするのなら、1/100に届く保育をすること。99を追わない。必ずその1が次第に2、3、10に繋がっていく。良いもの(保育)は必ず伝わる、求められる!

いま少子化の波がどんどん押し寄せる中で、経営責任がある園長・理事長としては新入園児が来てくれるだろうかと不安で一杯です。ただ待つのではなく、インスタグラムやYoutubeなどのSNSを使って積極的に情報を届けてもいます。けれども、中々すぐに成果が現れることでもなく、ジワリジワリというのが現状です。

そんな中で、分かりやすい「〇〇教室」「〇〇式」などへの誘惑は常にあります。けれども、久しぶりに三浦牧師と対面で話す中で、99人ではなく目の前の1人を大切にすることこそがキリスト教保育の原点であること、それを実現してくれている教職員や保護者たちを祈り・支え、このよさを発信していくことが牧師園長の仕事であることを再確認しました。(有明海のほとり便り no.330)